初期研修医に対する超音波検査を併用した甲状腺触診実習の成果

伊賀幹二 高北晋一

632-8552 天理市三島町200 天理よろづ相談所病院 総合診療教育部

TEL 0743-63-5611 FAX 0743-62-5576

抄録

本院で1998年度に採用された初期研修医全員に対し、超音波検査を受ける患者を教育資源として甲状腺触診の実習を採用早期より開始した。超音波検査担当の耳鼻科医より触診方法の指導を受け、触診した甲状腺を超音波にて観察することにより自己研修した。実習1年後では、75%の研修医が甲状腺の触診に自信を持ち、病棟の受け持ち患者に対しては研修医全員が甲状腺触診を身体診察法に含めていた。 6月から8月に実習を受けた研修医全員が適切な時期としたが、9月以後に実習を受けた8名中4名がもっと早い時期がよかったとした。研修開始早期に行う超音波検査を併用した甲状腺実習は、その後の甲状腺触診の能力を高めることおよび入院の初診患者に対して甲状腺触診を習慣づけるために有意義であった。

キーワード:甲状腺触診,超音波法、卒後研修

Palpation training of the thyroid gland using ultrasonography for the 1st year medical trainees

Kanji Iga, Shinichi Takagita

Department of comprehensive medical care and education

Key word: palpation of the thyroid gland, ultrasonography, postgraduate medical education

Summary

We have attempted palpation training of the thyroid gland for the 1st year medical trainees started just after getting license for medical practice. The trainees were conducted to palpate goiter by an otolaryngologist responsible for echo-laboratory for thyroid disease and compared it with echo-findings. The mean number of the patients per a medical trainee was 6.0 in diffuse goiter and 4.6 in nodular goiter. One year later, 75% of them have become confident to palpate the thyroid gland and every trainee has palpated thyroid gland as a part of the physical examination for all in-patients, but not for out-patients. This training was useful for medical trainees to be accustomed to palpate thyroid gland in routine physical examination.

初めに

臨床研修において、身体診察法の習熟は重要な研修項目であるが、習熟には時間と労力を要しその評価が難しい。我々は、正常所見を知り、診察の順序を習慣化することが身体診察法に習熟する近道であることを発表してきた(1、2)。

治療可能である甲状腺機能亢進症・機能低下症は、時にその診断が難しく、異なった診断名で不適切な治療を受けていることがしばしばみられる。病歴より甲状腺疾患を考えることもさるもの、び漫性の甲状腺腫を触診できることがホルモン測定のための重要なステップである。また、手術で治癒可能な甲状腺癌では症状のないことが多く、触診にて初めて発見されることも多い。しかし、我々が初期研修医に施行した研修開始時の身体診察法の実地試験では、40%の研修医が甲状腺を触診しようとしたにすぎず、その全員が触診部位が不適切に高すぎると判定された(3)。

研修開始早期に集中的な甲状腺触診実習を行うことにより以後、甲状腺触診をルーチンの身体診察のなかに習慣化させることを目標とした実習を試みた本論文の目的は、その成果を実習直後および1年後のアンケート調査により評価することである。

対象と方法

本院の超音波検査室では、週に2回、約20例の甲状腺腫の患者に対して予約制で超音波検査を行っている。本院で1998年度に採用された初期研修医12名全員を対象とし、この超音波検査実施日のうち1日の患者を教育資源として検査前に耳鼻科医より触診方法の指導を受けて自ら触診し、その超音波所見と比較する実習を行った。医師免許取得2カ月目より各研修医が2回連続して実習を行い、目標症例数を2回で10例とした。実習の前後で、甲状腺の位置の認識程度、び漫性甲状腺腫と結節性甲状腺腫に対する触診能力を4段階で自己評価させた。また、研修開始1年後に、甲状腺触診を習慣化しているか、またどの程度触診に自信があるかを4段階に自己評価させた。

結果

研修医の経験症例数は、び漫性甲状腺腫は平均6.0例(1〜12例)、結節性甲状腺腫は平均4.6例(211例)であったが、各人により症例数のばらつきがめだった(図1)。実習前後の自己評価で、甲状腺の位置の認識は1.9点から3.3点へ、び漫性甲状腺腫と結節性甲状腺腫に対する触診能力はそれぞれ、1.8点から2.8点へ、1.3点から2.7点へとポイントが増大した(図2)。指導した耳鼻科医は、ほとんどの研修医が2回の実習により甲状腺の位置を明確に理解したと評価したが、実習症例数の少なかった3名のうち2名の研修医を不十分と評価した(研修医HJM)。

実習1年後では、この2名の研修医が甲状腺触診に自信がないとしたが、8名の研修医が自信をもって甲状腺を触知できるとした。病棟の受け持ち患者に対して全員が初診時に甲状腺触診を実施していたが、救急外来の患者に対しては8名の研修医が甲状腺触診をルーチンには施行していなかった(図3)。

6月から8月に実習を受けた4名の研修医は、全員が時期について適切としていたが、それ以降に実習を受けた8名中4名がもっと早い時期がよかったとした。全員がこの実習を高く評価し、来年度も実施すべきとした。研修医の一人が、この実習後に、自分の受け持ち患者で「び漫性の甲状腺腫をみずから触診できたことで、以後ますます興味をもって甲状腺触診をすることができた」と述べた。

考察

我々は、甲状腺の超音波検査を受ける患者を教育資源として、最終診断を経験のある耳鼻科医と甲状腺超音波所見の2本立てとした甲状腺触診実習を試みた。卒前教育では甲状腺腫を有する患者を触診する機会があっても、それがなぜび漫性か、なぜ結節性かは指導医の診断を信じるのみである。しかし、この実習では、ゴールドスタンダードである専門医の診断に加えて、いま自分が触診した甲状腺がどのように見えるかをすぐに超音波検査で観察できた受け身ではない実習が可能であった。そのことが彼らの興味をひき、この実習に対する評価が高かったと思われる。また、実習を2回連続して行うことでこの実習がこまぎれにならないということも長所であった。

研修開始3カ月以内に実習を行った4名の研修医は適切な時期としたが、4カ月以降に実習を受けた50%の研修医が時期が遅いと評価した。1年後の評価では、採用に不可能であった甲状腺の位置はほぼ全員が認識でき、75%の研修医が自信をもって甲状腺を触診できるとし、病棟の受け持ち患者に対しては、全員が甲状腺触診を実施していた。しかし、救急外来患者に対しては75%の研修医が甲状腺触診をルーチンにはしていなかった。1年後、研修医に自己評価をさせることで結果的には形成的評価となり、今後は救急外来患者に対しても甲状腺触診を習慣づけられることを期待している。

甲状腺触診能力の習熟度は、この実習後の日常診療における彼ら1年目研修医の努力次第ではあるが、我々はこの実習により甲状腺触診方法を習得し、初診患者に対して必ず甲状腺触診を行う習慣をつければ、以後の研修中に新患に対して自ら甲状腺腫を見つけられ、より興味を持って診察できるようになるのではないかと考えた。一人の研修医の「誰もが診断していない症例を自分で診断することでより興味が湧いてきた」とのコメントは我々の期待通りであった。短期間に集約したこのような実習は初期教育にきわめて有意義であり、甲状腺超音波を施行している施設であればどこでも可能な研修方法と考える。

文献

1. 伊賀幹二、石丸裕康、八田和大、西村理、今中孝信、楠川禮造;循環器疾患における身体診察法の習得-1年目の初期研修医に対するマンツーマン個別指導- 医学教育199829411-414

2. 濱口杉大:循環器疾患における順序立てた身体所見の取り方の重要性。 

JIM 19977:1056-58

  1. 伊賀幹二、石丸裕康:卒後研修開始より1ヶ月間に行った身体診察の習得方法。

JIM 199881040-1041

図説明

図1

2回の実習における経験症例数

図2

実習前後でのポイント数の変化

3

実習1年後の自己評価